奈良の大仏って大きいなぁ
どうも、”吹き出し”という機能を発見し興奮しております。ブログ素人ノスクちゃんです。
前回、は唐様式(とうようしき)についてでした。遣唐使によってもたらされた中国(唐)の様式ですね。↓
今回は唐様です。
また?
安心してください、読みが違います。今回はからようです
紛らわしい、なぜ読みが違うの?
唐(とう)から来たからとうようしき。唐様の唐(から)は何だったか忘れました
同じ漢字にしなきゃいいのにね。まったく。
鎌倉幕府の始まりとともに。
平安時代が終わるころ、源氏と平家の争い、源平合戦が始まります。結果として源氏が勝利し鎌倉幕府を開くことになるのですが、そんな源平合戦のなかで南都の焼き討ちにより、奈良の大寺院が燃やされてしまいます。
戦は終わり、幕府を開いた源氏は、
庶民に「平和な世の中が来た」といち早く知らせたいな
オールマイトがいればいいのですが鎌倉時代にいるわけがありません(ヒロアカネタです、すんません)
そこで幕府は、焼け野原になった奈良の大寺院の復興、その名も南都の復興を計画します。
ですが、南都の復興には課題が2つありました。お金と規模です。なんせ戦のあとですから、お金がありません。燃やされた寺院は大きく、また、平和をアピールすることを考えてもできるだけ大きな象徴がいい。
どうにか、大規模な建物を安く建てられないだろうか
そこで、2つの新様式の導入をします。
大仏様と禅宗様
南都の復興において大きかったのが、東大寺大仏殿。あの奈良の大仏で有名な建物です。あの大きな奈良の大仏がある建物。とても大きな規模となります。そんな東大寺大仏殿の復興を任されたのが、俊重坊重源という人物でした。
俊重坊重源は宋に3度行き、宋の技術を勉強します。そしてもたらされたのが、大仏様です。俊重坊重源は大仏様を用いてまず、浄土寺浄土堂を建築。その後、東大寺大仏殿も復興します。
また、同じころ。新しい時代となり、新しい仏教も導入されます。それが、これも宋からもたらされた禅宗です。そして、これに伴う寺院建築様式を、禅宗様といいます。
大仏様と禅宗様、どちらも宋から伝来された様式ということで、総じて唐様とも呼ばれます。
大仏様の特徴
・貫
貫によって柱を連結、柱を水平材で固定し、大きな空間を作ります
・挿肘木
柱の上に組物ではなく、挿肘木で軒を支えます
・楔
楔(くさび)を使い始めます。
・遊離尾垂木
・桟唐戸
大きな空間を作るための工夫がされてるね
禅宗様
・裳階
・貫
・海老虹梁
・太甁束
伽藍は左右対称が一般。代表的な禅宗様建築としては、円覚寺舎利殿がある。
エンディング
以上でーす
次回はおそらく和様。もしかしたら最終回かも?