【日本建築史】建築様式の歴史② ~唐様式と日本化~

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寺院建築

月の食費が1万円を裕に切るのは意外とすごい特技かもしれないと気づきました。

どうも、料理上手で節約上手なノスクちゃんです(料理と今回の内容は一切関係ありません)

↑前回このような記事を上げましたところ、反響とか特になかったので、勝手に続きをやろうと思います。(読者増えるといいなぁ。)

唐様式(とうようしき)はいつのどんな様式?

結論言うと奈良時代平安時代初期です。唐様式とは、当時の中国である「」から伝来された新しい様式で、「遣唐使」によって仏教を中心とした学問や文化が導入されました。

鑑真のために造られた唐招提寺をはじめ、直接入ってきた唐の形式が多く用いられているのが唐様式です。

894年の遣唐使廃止により日本化が進むまで唐様式の時代が続きます。

唐様式の具体的な特徴は?

・寄棟屋根
当時の唐の様式であった屋根の形式。
・丸桁(がぎょう)
円柱型の桁。この当時の名残で、いまでは角の桁でも丸桁と言う
・二軒
木負、飛檐垂木を加えて軒を二軒に。
・地円飛角(じえんひかく)
「断面が円の地垂木、断面が角の飛檐(ひえん)垂木」の略称。断面を円にするのは手間がかかるので現在ではどちらも角。

遣唐使廃止により日本独自に変化

遣唐使が廃止されると、様式が日本独自の変化をしていきます。↓

・野垂木と化粧垂木に分けるように
上下の二重に垂木を設けることで、屋根に近い部分(見えない部分)と屋根の下端(見える部分)に分けるように。

これが大きな発明で、二重に設けることで様々なメリットがありました。

  • 野垂木(上の垂木)の勾配を急にして雨を流せるようにし、化粧垂木(下の垂木)の勾配はそのままでいいこと。
  • 野垂木を構造的に強くすることで化粧垂木を細く(繊細優美に)できる。
  • 時がたって雨漏りしだしても、野垂木だけ修理すればいいので修理しやすい。

などなど。日本建築史における代表的な発明です。

エンディング

以上でーす。

次回はコチラ↓

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